2010年5月26日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から― vol.2

今回は、FMD対策の中心をなす殺処分について書くことにします。
FMDの発生が小規模でごく初期における、
感染している可能性ある家畜含めての殺処分は、
危機管理上意味があることだと思います。
1997年香港でトリH5N1インフルエンザ発生において、
WHO事務局長のMargaret Chan氏が
遅れることなくトリを処分したことは、
高く評価されています。


それでは、ある程度の広がりを見せてからの
多数殺処分は意味があるのでしょうか。

もっとも酷いFMD大流行は2001年英国で起こったものですが、
病気に罹った家畜が2000頭以上見つかり、
700万頭以上の牛と羊を処分しました。
この大流行によって生じたものは、
約160億ドル(1兆6千億円)の経費と、
精神的、肉体的、経済的ダメージなどの社会的損失でした。

この時のイギリス政府の方針は、
FMDが見つかった農場にいる家畜のうち、
FMDに感染する可能性があるものは24時間以内に殺処分にし、
その農家と隣接したりして、感染の可能性がある家畜も処分する、
というものでした。
すなわち、疑わしきものはすべて殺す、という事です。

現在、日本はじめ世界のFMD政策も
基本的に英国のものと同じです。
しかし、感染の可能性があるものをすべて処分する、
という事に関しては批判も多くあります。
幼体は致死率が高いといわれますが、
成体ではFMDから殆どが回復すること。
ヒトに対する危険性は殆どないこと、等が
公衆衛生上からの視点として指摘されています。
また、「感染の疑い」というが
どこまでが疑いかを見極めることは不可能であり、
現場の大きな労力の負担になります。
そして、経済的側面から考えたときに、
多量処分による経済的損失があまりに大きいことが挙げられます。

実際に、FMDが流行期に入ったときに(現在の日本もそうですが)、
家畜をどの程度処分することが、
流行の早期終息に貢献するか、という比較は困難です。
というのも、多量処分が効果があったと結論するには、
多量処分をしなかった場合の例が比較としてまず必要です。
仮にこの比較をしても、
人口密度ではなく家畜がどの程度密接して飼われているか、
隣の農家とはどの程度離れているか、
他の感染源となる動物は周りにどれだけいたか、
という追跡不可能な条件も検討しなければならず、
純粋に多量処分が「効果あり、なし」といえるほど
単純ではないからです。 ※1)


実際、1951から52年に起こったカナダの事例と、
1967年での英国の事例を比較している論文があります。
いずれも起こった時は既にある程度流行していた
という共通点がありますが、
カナダはそのまま自然治癒を待ち、
イギリスでは殺処分にしました。
結局、どちらが良かったのかを結論付けるのは困難だ、
というところに落ち着いています。 ※2)

多量処分には他にもいくつかの問題があります。
感染の可能性のあるものを殺してゆくことは必ずしも、
FMDの早期終息には役立たないばかりではなく、
他の動物に感染を広げる可能性が指摘されています。
FMDと共に牛の重要な病気に結核があります。
ウシ型結核は牛だけでなくアナグマにも感染することが分かっており、
感染源淘汰のためにアナグマ駆除が行われています。
ところがアナグマを殺せば殺すほど、
牛の結核が増えることが
大規模RCTの結果として報告されているのです。 ※3)


この理由として、アナグマ狩りを行った周囲の牛結核は減るのだが、
近隣の地域の結核は増える、
すなわちアナグマが処分を逃れて移動するためではないか、
といわれています。
すなわちイタチごっこです。
FMDに関しても十分この可能性があります。
牛を殺せば豚にFMDが増える、といった具合です。
(牛は殺されればアナグマのように移動しない
という指摘もあるかもしれませんが、
FMD発生が分かっていない時期に
すでに感染した牛の肉からどこぞにウイルスは飛んでいるかも知れません。
感染経路は私たちが知り得ないところにもたくさんあるのです。)

最後に、マンパワーの不足による
不完全な殺処分の影響について考えてみましょう。
処分した家畜は埋めなければなりません。
それは、死んだ家畜からもウイルスが排出されるためです。
現状では獣医師はじめとする人的不足が大きな問題だと聞きます。
このため、死がいが埋められることなく放置される例も報道されています。
これから殺処分の数が増えれば
状況はもっと厳しいものになってゆくことが予想されます。
となれば、感染を封じ込めるために行ったことが、
逆に感染を広げることにもなりかねません。
また、埋められない死がいが別の病原体による感染源となって、
FMDだけでは収まらなくなることも十分考えられます。

FMDに罹った動物は通常8-15日で回復します。
そうであれば、現場の容量を超えて多量処分をするよりも、
回復を待つことも可能性として議論することが必要だと思います。
罹った家畜は商品にならないというのであれば、
回復してから処分する、という方法もあるのではないでしょうか。

FMDに限らずウイルスの流行は必ず終息します。
対策の基本は、いかに早く、多方面での損失を少なく、
その流行を抑えることにあります。
損失の中には家畜の損失だけでなく、人的、経済的、
あるいは文化的損失も含まれるということを忘れてはならないと思います。



=参考文献=

※1)
The role of pre-emptive culling in the control of foot-and-mouth disease
Tidesley MJ, Bessell PR, Keeling MJ et al
Proc Biol Sci. 2009 Sep 22;276(1671):3239-48

※2)
Comparison of different control strategies for foot-and- mouth disease: a study of the epidemics in Canada in1951/52, Hampshire in 1967 and Northumberland in 1966.
Sellers RF
Vet Rec.2006 Jan7;158(1):9

※3)
Positive and negative effects of widespread badger culling on tuberculosis in cattle.
Donnelly CA, Woodroffe R, Cox DR et al
Nature. 2006 Feb16;439(7078):843-6


同タイトルvol.3

同タイトルvol.4

同タイトルvol.5

同タイトルvol.6



同タイトルvol.1



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