2010年7月15日

口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.8 公衆衛生の概念無きFMD対策

農水相が殺処分の代執行検討 宮崎県が応じない場合 口蹄疫

 宮崎県の口蹄(こうてい)疫問題で、県が特例で救済を求めている民間の種牛6頭について、東国原英夫知事は13日、東京・霞が関の農林水産省で山田正彦農水相と会談し、6頭の救済を改めて要請した。農水相は殺処分が必要との姿勢を崩さなかった。農水相は会談後、14日にも6頭を殺処分するよう、地方自治法に基づく是正指示を出すことを明らかにし、応じない場合は、国が代わって殺処分する「代執行」の手続きに入ることを表明した。

 総務省によると、国による都道府県の行政行為の代執行は「前例がない」という。代執行には裁判が必要で問題が長期化すれば、県の復興にも影響を与えそうだ。

 農水相は会談後の会見で「非常に多くの犠牲を払っており、例外を認めるわけにはいかない。今後、より強いウイルスが来るかもしれず、国家的危機管理ができなくなる」と述べた。

 一方、東国原知事も農水省で会見し、「目視検査で6頭には感染疑いはなく、現在、蔓延(まんえん)の危険性はないと判断している」とし、国が遺伝子検査を実施して安全性が確認されれば、殺処分は必要ないと主張した。

 農水相が「県に危機意識が足りない」と述べたことについては、国も口蹄疫に対する法整備を進めてこなかったなどとして、「的はずれな指摘」と反論した。

 農水省は6頭が殺処分されない限り、16日に予定されている発生集中区域での家畜の移動制限を解除しない方針を示している。

7月13日19時13分配信 産経新聞




FMDにおける殺処分は、明らかに感情論になっています。
今までにFMDに関する記事を書いてきましたが(同タイトルvol.1~)、
殆どの牛は回復し、肉を食べても問題ない、
人には罹らない病気に対して何故、どうして殺処分に固執するのか、
そして、10年前に様々な研究や意見がなされてきたこの問題に関して、
何の議論も起こらないのか、とても不思議に思います。

オランダ政府は、6月28日にFMD流行時の殺処分は今後一切行わない事を明言し、
その代わりに緊急のワクチン接種を提案しています。
この流れはオランダのみならずEU全体の流れとして進んでいます。
http://www.warmwell.com/euwpmay112010.html
 

殺処分が行われるようになったのは1940年代に入ってからです。
それまでは自然に治るまで放置されてきました。
何故殺処分が行われるようになったのか
はっきりしたことは分かりませんが、
その有効性については議論があります(同タイトル vol.2)。

殺処分だけでなく、何かの政策が有効である
(例えば、H1N1豚インフルエンザ騒動における水際対策)ことを証明するには、
その政策を行ったときと、行わなかった場合を同時に進行させて、
どちらが良かったかを比較する必要があります。
比較する物差しは、死亡率であったり、病気の起こった数であったりしますが、
必ず、比較する対象が必要です。

私たちは日常生活の中で、様々な比較を言葉にします。
例えば、「私は太っている」と言ったとき、
標準体重とか、ある特定の人に比べて太っているのか、
という対象が必要です。
それが無ければ、「私は太っていると、自分で思う」だけに過ぎなくなります。


公衆衛生(public health)とは、
国家国民に関する健康問題を考える概念です。
その証拠作りをするのが疫学(epidemiology)という学問です。
上に挙げた、水際対策は有効であるのかどうか、
FMDにおける殺処分は有効かどうか、といった問題も
疫学的に解決するべき問題です。

欧米では、公衆衛生大学院があり、
疫学部だけでなく、政策学部や、国際保健、基礎研究など、
公衆衛生に関わる問題について包括的に研究されます。
そこでのデータを基に国は政策を決定するわけですから、
公衆衛生大学院は政治的にも大きな力を持ちます。
研究する人の職種は多種多様です。
医師、歯科医師、獣医師、看護師、行政関係者、軍関係者、法学専門家など、
数え上げればきりがありません。

日本には欧米並みのレベルを持った公衆衛生大学院がありません。
公衆衛生学部は医学部の一角にあり、
細々と動物実験を行っているところが殆どです。
しかし、本来は、個体を使った大がかりな研究(疫学研究)をしない限り、
データを得ることは出来ません。

豚インフルエンザにしてもFMDにしても、
「この方法は効果があると思う」という域を超えないまま
政策決定がなされていると言えるでしょう。
その大きな原因は、政府に根拠を示すシンクタンク、
すなわち公衆衛生専門家集団が不在だということにあると思います。

科学的根拠に基づかない政策決定は、右から左へとぶれまくります。
「水際対策で新型インフルエンザを日本には入れない!」
と叫んでいたにもかかわらず、
入ってしまえば、「水際対策は国内流行を遅らせる効果があった」と
何の根拠も無しに論調を変えることからも伺えます。

このような思いつきや、思い込みで政策決定がされた場合、
もっとも困るのは国民です。
今回のFMD流行においても、
現在だけでなく将来的に大きな損失を残すのは紛れもない事実です。

専門家がいないのであれば、海外から呼び至急議論をすることが必要です。
感染症は今後もやってきます。
感染症から国家国民を守るためには、
感情論でも推論でもなく、科学的根拠に基づく政策決定であることを、
政府も国民も気がつくことが必要でしょう。

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