2011年6月29日

メディアが取り上げない、被災地の感染症対策

2011年3月11日に発生した、巨大大地震は、
3カ月が経過した今でも、大きな後遺症を残している。
仮設住宅2万8千戸が完成したものの、
避難者数は、9万人、不明者約8千人、といった状況である。

このような状況が続く中で、
感染症対策は大きく立ち遅れている分野の一つである。

何故、感染症対策が問題になるかと言えば、大きく分けて2つある。
一つには、衛生状態が決して良いとはいえない、避難所生活を続けることにより、
肺炎や、下痢性疾患などが流行することである。

もう一つは、予防接種の不徹底により、
ワクチン予防可能疾患(Vaccine Preventable Diseases)の蔓延が起こり、
子供たちが、当該疾患で死亡したり、重篤な後遺症に、
生涯苦しめられ、可能性が生じる。

まず、避難生活を営む人たちの中で、
今後注意をすべきであろう感染症について、論じてみる。

まず、重要なのは、急性胃腸炎である。
急性胃腸炎の原因としては、種種のウイルスや細菌がある。
まず、流行が懸念されているのが、ウイルス性の腸炎であり、
代表的なものは、ノロウイルスやロタウイルスによるものだ。
これらのウイルスは、感染力が強く、
少量のウイルスで感染すると考えられている。
感染経路は、主に不適切なし尿による、糞口感染である。
予防のためには、し尿や、吐物の適切な処理、手洗い、
汚染された衣類を捨てる、などがある。

ノロウイルスやロタウイルス性腸炎は、震災初期の、衛生状態が悪い中で、
もっとも流行が懸念されたものであるが、
震災から3カ月が経過した現在でも、流行が報告されている。
http://www.kaiteki-kadenlife.com/virus/virus_002/205450.html

実際、被災地といっても、既に仮設住宅が整っている場所もあれば、
未だに、上下水道の整備されていない、避難所が乱立する地域もあり、
その差による、感染症発生率の違いが、今後、もっと顕著になってゆくであろう。

ウイルス性腸炎に加えて、梅雨を迎えたこれから、
病原性大腸菌やサルモネラ菌による食中毒も多くなってくる。
特に、衛生状態の悪い避難所生活を続けている人たちの間での流行は、
もっとも懸念されるところである。

感染症の問題は、人間間だけにとどまらない。
家畜や、ペットなどの死骸が放置されている地区では、
ハエや蚊が多量発生している。
本来動物に寄生する病原体が、ハエや蚊、
場合によってはゴキブリ、ネズミ等を介して、人にうつることがある。

こうした病気を、「動物由来感染症」と呼ぶが、
コレラ、チフスなど、かつて日本で流行を起こした感染症が、
猛威を振るわないとは限らない。

また、昆虫を媒介とした、「ツツガムシ病」も流行のおそれがある。
ツツガムシ病は、リケッチアであるツツガムシに刺されて感染する。
熱が出て死亡する例もある。
3月に、福島でツツガムシ病が報告されており、
これから夏に向かう季節には、増えることが予想される。

今まで述べた感染症は、被災地のどこで、どの程度の規模で起こっているのか、
正確に把握できていないのが、実情である。
その、大きな理由としては、被災地の他の問題が多すぎて、
こうした、感染症にだけ、注意をむけられない、
という被災地の現状があるからだ。

被災地の医療活動は、感染症も含めて、
DMAT、FETPや医療ボランティアの活動に支えられてきた。
災害が起こった1,2カ月は、ボランティアも多く入り、物資も届く。
メディアも関心を持って、取り上げ、
被災者も、周りの助力に関して、感謝の念を抱く。
所謂、「ハネムーン期」と呼ばれる時期である。

しかし、3カ月が過ぎた今、メディアの関心も薄くなり、
ボランティアも自分たちの本来の仕事に帰ってゆくようになった。
インフラが速やかに回復した地域と、
そうでないところの格差感が広がっている。

整備が立ち遅れたところからは、
以上述べたような感染症のリスクが高い。
こうした地域への、専門家派遣などの重要性は、
多くの人が指摘するところである。
それはもちろん大切であるが、我が国に多くの人材がいるか、
といわれれば、そうではない。

被災地の行政は、疲弊している。
それは、彼らたち自身も、被災者であるからだ。
震災後に、避難所のトイレが、し尿であふれ返っている状況を見かねた医療者が、
地方自治体に改善を求めたところ、
「し尿の衛生管理は保健所(厚生労働省)だが、
処理施設自体は、国土交通省の管轄であり、
環境省にも連絡しなければ、動けない」
趣旨の事をいわれ、大変困ったという、話を聞いた。


縦割り行政の弊害、といってしまえばそれまでであるが、
し尿であふれ返ったトイレを放置すれば、
感染症が広がることは明らかである。
そして、それを処理するための枠組みがややこしすぎるために、
現場も、地方行政も、要らぬ労力を使うはめになる。

国が、平常時のような、法の枠組みを順守することに固執せず、
地方行政と、被災地の現場が、動きやすくするための、
「規制緩和」を速やかに、実行することが、最も求められることである。
これは、震災に限らず、どんな危機においても、当てはまる。

次に、第二の問題である、「ワクチン」である。
私は、この問題を、最も重要視し、
かつ、国として早急にとりくまなければならない、と思っている。

ワクチンには、必ず副反応がともなう。
稀ではあるが、重篤な副反応により、命を失うこともある。
しかし、その危険性を差し引いても、国民あるいは世界全体というマスと、
当該疾患から守るという、利益が上回るときに導入されるものである。
これは、正に、公衆衛生(Public Health)の概念そのものである。

日本は、諸外国に比べて、ワクチン対策に置いて大きく後れを取っている。
このことは、我が国の公衆衛生行政が立ち遅れていることを、明確に示している。

WHOが勧告しているワクチンの中で、
我が国が未だに導入していないものは多い。
その中には、接種しないことによって、
子供の命が失われる危険性があるものが多い。
例えば、細菌性髄膜炎(Hib)、B型肝炎、肺炎球菌、
ロタウイルス性下痢症、である。
また、接種によって、実際の病気が引き起こされることが明らかになって、
他国が取りやめている、ポリオ経口生ワクチン(OPV)を、
未だに使い続けている、珍しい国でもある。

また、導入しているワクチンも、「任意接種」という、
「打っても打たなくても良い」といった印象を与えかねない、
名のもとに、接種率が上がっていない、重要なワクチンもある。
Hibや、小児用肺炎球菌ワクチンが、この代表格であろう。

このように、平時においてもいい加減なワクチン政策が、
震災によって、より、悲惨な状況になっている。
それは、必要なワクチンスケジュールを管理する、
行政窓口が立ち行かなくなったり、
被災により、ワクチンを打つ医師がいなくなったり、
あるいは、ワクチンそのものが無くなってしまった、などの理由からである。

平時と違う状況としては、建物の倒壊や、瓦礫などによってけがをし、
汚れた傷から、破傷風が生じる、という例があげられる。
幼少時にワクチン(DPT)を打っていれば、
免疫が数年持続する、と言われているが、
震災によってこれが接種できない場合、
あるいは、決められた回数打てない、といった場合には、
感染する危険性が高まる可能性がある。
また、けがによって感染する疾患として、B型肝炎があげられる。
B型肝炎は血液を介してうつり、諸外国では、
出生とほぼ同時に打つことが、ルチンになっている。
しかし、我が国では、公費化されておらず
(ワクチン行政の一部に組み込まれていない)、
今後、将来にわたって、どの程度B型肝炎が発症するかは、
未だ不明である。調査が行われる、という話もきかない。

このような、「けが」などの震災前期に多く起こる病態に加え、
これから、長期的に考えてゆかなければならない疾患がある。
それらは、麻疹(はしか)、細菌性髄膜炎、
肺炎球菌と言った、重篤な疾患である。

いずれも、小児において、重要な病気である。
それは、罹った場合、命をおとしたり、
重篤な後遺症を残すことがあるからだ。
被災により、体力が低下した子供たちに、
今後広がる可能性が指摘されている病気である。

幸いにも、効果的なワクチンがあり、
VPD(Vaccine Preventable Diseases:ワクチンで予防可能な疾患)の代表であるが、
「幸い」という文言が、日本にはあてはまらない、のは、前述したとおりである。

また、もうひとつの懸念は、「日本脳炎」の流行である。
日本脳炎は、豚から、コガタアカイエカという蚊を媒介して、人間に感染する。
日本脳炎ウイルスは、ほとんどの場合、人間に感染しても、
無症状ですむが、約1/100 から1/1000の確率で、脳炎を発症する。
その場合の致死率は20から40%と高率である。

これまでは、コガタアカイエカが生息する、
南や西日本地帯が危険だとされてきたが、
病気を媒介する、コガタアカイエカの分布が、
北上している傾向があり、今後被災地でも、起こる可能性はある。
http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig02.gif

日本脳炎は、ワクチン接種で予防できる感染症の一つである。
しかし、2005年5月30日の、厚生労働省による、
日本脳炎ワクチン積極的勧奨の差し控え以降、
3~6歳での日本脳炎ワクチンの接種率が減っている。
現在では、徐々に回復していると推測されるが、
未だ100%接種をのぞむのは無理だろう。
http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE02/fig04.gif
 
繰り返すが、我が国の公衆衛生のインフラ整備は立ち遅れている。
それが、ワクチン政策に如実に表れている。

現在、被災地には、UNICEFが入って、活動をしている。
半世紀ぶりの日本への支援である。
その活動は、以下のサイトに紹介されている。
http://www.unicef.or.jp/osirase/back2011/1103_09.htm

「被災地の復興は、ボランティアの活動なしにはあり得ない」というのは、
誰もが実感するところであろうが、
日本は、GO(ボランティアとはよばないかもしれないが)、NGO問わず、
外部からの支援を効率的に活用することが、あまり上手くないのではなかろうか。

特に、海外のNPO受け入れについては、
もう少し、効率的に行ってもよいのではないか、というのが個人的な感想である。
言葉の障壁は、我が国にとって大きな問題であるが、
それ以前の問題として、政府や地方自治体が、
こうした「助けの手」を、なかなか受け入れられない、
「文化」のようなもの、が存在しているのではないか、と感じている。

繰り返すが、被災地における「感染症対策」は、十分ではない。
しかし、それが表立ってこないのは、
被災地の状況があまりに酷過ぎて、隠れてしまっているからである。
感染症対策の中で、最も重要なのは、衛生状態悪化による感染症の流行と、
ワクチン政策不備による、子供たちの重篤な感染症罹患である。
特に後者は、「次世代を担う世代を守る」、という国の根本的責任そのものだ。
被災地の感染症対策を、みて見ぬふりをせず、
国の最重要課題として取り組むよう、希望する。


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